統合失調症忘備録⑬「学校対応」

学校も問題児と保護者の間に挟まれて・・・

もう一人のPTA役員は、校長先生に対してなぜ問題児の親子に気を使うのか?

今まで保護者に黙っていたのか?質問をしました。

実際、A君は何もしない子に手を出したり、バットや木の棒を学校に持ってきています。

A君の親も、この事を子供から聞いた保護者がA君の親に言うと逆に悪口などのストレスを受けるて大変な事も言いました。

校長先生は、

「A君の親の様子も承知しています。当初は学校内で対応していました。」

「本来ですとまず保護者の学級委員さんと相談をしたかったのですが、A君から学級委員さんのお子さんが標的になる事を恐れたからなのです」

「ですが、今は学校だけでは対応できなくなり、まだ相談の段階なのですが学級委員さんにも伝えています」

つづいて今後の学校側の対応を聞きました。

「授業は保険相談員をもう一人増やし、4名体制にします。妨害や暴力には細心の注意を払います」

「A君の親には教育委員会などの第三者の介入も考えています」

「保護者の方にも希望者があれば授業を見学できる体制があります」

今振り返りますと、学校側の対応は最大限以上だったと思います。

加配の先生も障害児2名につき1名が妥当なのに4名も先生がついてくれるのはすごい事ですね。

A君の親はと言えば、子供の障害を受け入れず、学校のせいにしたり、他の保護者が何かいうと攻撃して何も言わせなくしたりと当時は問題があったと思います。

ですが、今の私が思うことは・・・

自分の子供だけに対してなら、これが最善策だったのではないか思います。

なぜならば、

A君の親はいわば、自分の子供を他の保護者や学校から守ったとも言えるのではないでしょうか?

結果的にA君はその後、運動会の団長をしたり、野球部で活躍して表彰されたりと立ち直ったのですから。

私は子供の現状を受け入れ、他の保護者や学校の意見も受け入れてしまいました。

そして次男にも強要してしまいました。

そしてそれが、統合失調症の原因の一つになってしまったと思いますから。

統合失調症忘備録⑫「加配」

長男が保育園の時、加配先生に甘えていました。

学級懇談会の後、私は保護者の意見をまとめ、次男のクラスの参観をしました。

私とPTAのもう一人の役員とで参観をしましたが、予想よりもはるかにひどく、まるで動物園のような状況に驚きました。

(統合失調症忘備録⑤「学級崩壊」参照)

その後、校長先生と私ともう一人のPTA役員とで懇談をしました。

「いつもは、学校だけの対応では難しいので保険相談員が3名入って学習の妨げにならないようにしている。」

保険相談員とはいわゆる「加配」のことです。

発達に障害がある子が幼稚園・保育所・小学校に通うための「加配制度」があることは知っていました。

障害のある子の保育には、その子どもの特性に合わせた支援が必要不可欠です。発達障害を含め、障害のある子を受け入れる認可保育所や認定こども園などで、特別な支援のための保育士を追加で配置することを「加配」といいます。

障害のある子も障害のない子とともに生活できるように、加配保育士はお着替えや食事、集団行動時など困りごとに合わせたサポートをします。多くの自治体では、発達支援に理解の深い専門家が施設を巡回しており、専門家の助言にもとづいた支援をしています。

加配の基準は自治体ごとだそうです。

加配基準は市町村にゆだねられているので、自治体によって対応はさまざまです。内閣府が行った調査では、半数の市町村が障害児3人もしくは2人に対して1人の加配保育士を配置する基準を設けていると報告しています。

校長先生はつづいて、

「学校はできる事の最大限の対応している。A君の親を含め、保護者に理解していただけないのは辛い」

現在の問題児童は2名なので加配の先生は1名が妥当なところです。

加配の先生が3名もつくとは、学校側の最大限の対応は理解できます。逆に3名も加配の先生がつくこと自体が異常ともいえます。

つづいて、問題児への対応の仕方を聞きました。

「できることは大いに褒めてのばします」

もう一人のPTA役員は、悪い事をしているのに怒らないのか聞くと

「怒り方のも注意がいります。しかるのは効率が良くありません。」

「でも、命にかかわる事はしかります」

校長先生もA君やA君の保護者の悪口は一言もいわず、むしろかばっている感じを受けました。

もう一人のPTA役員は釈然としていません。

A君の親は学校側に歩み寄ろうとせず、問題行動を担任の先生せいで子供がおかしくなったの一点張りなので学校側も対応が大変だと思います。

もう一人のPTA役員が釈然としないのも分かります。

私はおそらくADHDと思っていました。学校対応としては調べた限り間違っていないと思います。

学校側も生まれもった障がいの一つだから、子供が悪いとか親が悪いとか言えないのでしょう。学校側も辛いところですね。

釈然としないもう一人のPTA役員は、なぜそんなに問題児の親子に気を使うのか校長先生に再度質問しました。

(次回につづきます)

統合失調症忘備録⑪「学級懇談会」

「皆でがんばろう」が目的です。

統合失調症忘備録⑨で一番の問題児のA君は学校から離れた「適応指導教室」に行く事になりました。

次男はその年の4年生の3月で不登校になっていますのでその後A君がどうなったか?は詳しく分かりませんが、そのまま地域の中学校にあがりました。

そして中学校での運動会では応援団長になったり、野球部に所属して大会で活躍をして表彰されるまでになったそうです。

先生方やご家族の努力ももちろんあったと思いますが、以前A君の親の対応にも少しふれましたが、A君はなぜ立ち直る事ができたのか?

その時の学校やA君の親の対応を振り返ってみたいと思います。

 4年生の一学期は担任の先生が倒れる事態がおきました。

うわさ、誤解などが学級崩壊で荒れたクラスの親たちから、現状の説明をしてほしいという声が高まりました。

しかし学校側からは改めて説明を行うという事で今回はPTAの役員で進行し、意見をまとめる事となりました。

学校側からは問題児の保護者が孤立しないようにしてほしいとの事でした。

皮肉ながら私が進行役となりました(この時は次男の異変はまだおきていません)学校からの要望があった、あくまでも追及の場や文句の場にしない事を伝えました。

今回は二人の親は出席をしませんでした。

理由としては「つるし上げをされるから」との事です。

そもそもA君はどのような子なのか?というところから、A君をよく知るお母さんから説明をしてもらいました。

「野球部に所属している。野球をしているときは素直。ただし授業の時は別人。親によるストレスかも?親が敵とみなした人にはA君も豹変する。精神的なストレスではないか?二重人格かも?」

私的な意見もありましたが、つづきて、A君のお母さんから協力を得られないのか聞くと

「大きな壁をつくっている。一筋縄ではいかない。学校もお手上げ。子供の話をすると豹変する。A君から危害を加えられるし親からも攻撃されるので話ができない。」

尚、その他の保護者の意見が下記になります。

・A君の親は意見を言った親にひとりひとり家に電話をかける。学校の文句を言う。感情的になり攻撃的になるのでストレスがたまる。こういう事はやめてほしい。

・以前A君が学校にバットやエアガンを持ってきた。子供が何をされるかわからない。

・子供たちは授業を受ける権利がある。授業をちゃんとやってほしい

・自分の子や他の子も情緒不安定でおかしくなっている。

・A君のやりたい放題にしているのではないか?

・A君に児童が注意すると手を出す。あざができた女子もいる。

・学校外部の人からも心配されている。同じクラスは、はずかしい。

・親が逃げてもなにの解決にもならない。

私ともう一人のPTAの本部役員は、授業の参観をして現状を把握し、学校と話し合いをすることになります。

統合失調症忘備録⑧「ADHD」

脳の障がいのひとつです。育て方は関係ありません

保健師の先生から、病院で相談してみてはと言われるとその指示に従いました。

「モンスター親子のようにはなってはいけない」

「次男もこのままでは、問題のある児童と一緒になってしまう。他の児童の教育を受ける権利を邪魔してはいけない。」

私は次男が、発達障害やADHDではないと思っていました。発達障害なら脳の障害なので、幼児期に必ず健診などで指摘を受けるはずと知っていたからです。

次男は幼児期の発達検査などで、今まで何も引っ掛かった事はありません。

注意欠陥多動性障害(ADHD:Attention deficit hyperactivity disorder)とは、不注意(集中力のなさ)、多動性(落ち着きのなさ)、衝動性(順番待ちができないなど)の3つの特性を中心とした発達障害のことを指します。また、注意欠如多動性障害と訳される場合もあります。

ADHDは7歳までに発症し、幼稚園や学校生活のさまざまな場面で、3つの特性から来る行動が確認されます。ADHDに関連した症状は短期間で消失するものではないため、学業や友人関係の構築に困難を覚えることがあります。

以上、メディカルノート抜粋

今の次男にあてはまることと言えば、

・不注意  忘れ物が多い、字が乱れる、不器用

・多動性  授業中立ち歩く

・衝動性  先生のいうことにすぐ反抗する。

最近になってこのような事が目立ちます。発達障害やADHDは急に発病するものではありませんが、今まで目立たなかっただけなのかもしれないと心配になりました。

学校から、紹介文を書いてもらい総合病院の児童科を受診しました。

・授業がうるさすぎて教室にいられず離席して外にでてしまうこと。

・いつもイライラしていること。

・先生に注意されても激しく反抗すること。

・長男が広汎性発達障害だということ。

以上をドクターに伝えました。

診断は「聴覚過敏」でした。

聴覚過敏は、感覚過敏のひとつです。 周囲の音が我慢できないほど大きく感じられたり、非常に気になってしまう状態のことです。 特定の音のみが不快に感じる場合も、周囲の音すべてが苦痛に感じる場合もあります。

確かに妻をはじめ長男も次男も私以外は耳が良いのは分かっていました。

「我慢できないほどうるさかったのか。」

病院からはイライラが緩和される「漢方薬」を処方されました。

「結局、ADHDではなかった。」

しかし、この時私は「統合失調症」の前兆だとは思いもしなかったのでした。

統合失調症忘備録⑦「モンペア対処法?」

学校側の対応も一苦労です。

モンスターペアレントの対処法を考える。

次男が「統合失調症」になったきっかけのひとつは、この年にかぎってモンスター親子がまざっていたことだったと思います。

 当時、私はPTAの本部役員として荒れている教室をみましたが、本来保護者も現状をみてもらって、親に自覚してもらった方が良いと思っていました。

学校側に親に教室をみてもらう話をしたのですが、以前より授業の参観を親が拒否をしているそうです。

それどころか、授業参観の話をすると、この状況を学校の責任にして逆上し、手が付けられなくなるようです。

学校側もなすすべがないとのことでした。

本来なら、現状を認めて学校と一緒に対策を考えるのがベストだと思います。

自宅でしつけ直すにしても、ADHDにしても、やり方があるはずです。

ただ学校もADHDかもしれないと分かっていても、医者ではないので保護者には言えない部分はあるかと思います。

まして、お子さんが障害をもっているとは言えないるはずもないです。

保護者も突然、障がいを持っていると言われても、困惑するのも分かりますし、人のせいにしたい気持ちも分からなくはないです。

保護者にもよると思いますが、このようなデリケートな問題の時は、学校側も細心の注意を払って、保護者の気持ちに寄り添い、今後の対応を考えていくことが「学級崩壊」の終息に大きく影響されると思います。「学級崩壊」が自然と終息される事はないと思いますので。

又、このような時は、学校側は医者を紹介して相談を促します。

 長男の場合ですが、保育園の時に、園長先生から医者を紹介してもらいました。

医者から「広汎性発達障害」と言われた時はショックを受けたのを覚えています

広汎性発達障害とは、対人関係およびコミュニケーション能力の障害やパターン化した行動、強いこだわりなどの特徴がみられる障害の分類のことです

長男には身体的な不自由さは感じていませんでしたが、育てにくさはとても感じていました。

赤ちゃんの頃から夜泣きがひどい、ハイハイができない、かんしゃくがひどい・・・などでした。

私と妻は何か育て方が間違っていたのじゃないか?と悩んだ時期でした。

障害があると分かった時はショックはうけましたが、心のどこかでほっとした部分もあったのです。育て方ではなく生まれ持ったものだったのだと。

 次男の方は先生が病欠になり教育委員会も動いていました。一大事と認識はされているはずです。

先生は病欠になり、そのかわりに、非常勤の講師が2~3名入りました。

次男は4年生の3月から不登校になりましたので、その後の学校の様子は分かりません。

5年生になると、担任の先生は転勤でいなくなりました。

統合失調症忘備録⑥「モンスターペアレント」

モンスターペアレントの対処法は?

私の地域は、夏休みが終わるとすぐ9月に運動会があります。

次男は足が速くリレーの選手に選ばれました。

そして問題があるA君もリレー選手に選ばれていました。

運動会は赤組と白組に分かれます。次男とA君はそれぞれ別の組でした。

運動会当日A君は次男にこう言ったそうです。

「バトンをおとせ」

「やらないと分かっているな?」

ですが、次男は気にすることなくバトンを落としませんでした。

このことは後から次男から聞いたのですが、それから嫌がらせが始まったそうです。

 授業の方は相変わらず、先生は騒がしい中、一人で授業をしている状況でした。

授業が成立せず、複数の生徒が廊下を走り回り騒ぐ・・・

そして問題がある児童が一人増えて3名になっていました。

 この頃になると、A君のおかあさんは保護者からモンスターペアレントとして恐れらていました。

A君のおかあさんに数名が苦言をいった話を聞きました。

すると、もそすごい攻撃にあったそうです。

まず、学校のせいにして逆上します。自分は被害者だと・・・

そして苦言を言った人の人格否定をします。

彼女から攻撃されてストレスで具合が悪くなった人まで出てきました。

それだけに限らず、彼女は子供が批判された「うわさ」を聞くと、その保護者の家まで出向き攻撃をするのです。

そのうち、おかあさんの保護者は誰も苦言を言う人がいなくなりました。

A君のおかあさん以外にも、学校や担任の先生のせいにしたり、指導力不足を強烈に批判する保護者が数名でてきました。。

もちろんA君のおかあさんは担任の先生や学校にも攻撃していることは想定内であり、ついに先生はモンスターペアレントと問題がある児童3名で精神を病んで休職・・・・

 次男は10月に入ってから目に見えて、様子がおかしくなりました。

授業中の離席が始まったのです。

先生が何度、注意をしても授業中に出て行ってしまいます。

次男に聞くと「うるさくて我慢ができない」と

このころから、イライラが強くなって、先生に注意されると強い口調で言い返す事が頻繁にでてきました。

こんなことがつづき、保健師の先生は念のためと病院の受診を勧められたのでした。

(次につづきます)

統合失調症忘備録⑤「学級崩壊」

この頃はギャングエイジと呼ばれていました。

「学級崩壊」の原因

統合失調症は、およそ100人に1人弱がかかる頻度の高い病気です。

一般的に主に思春期〜青年期の若い方が発症しやすいといわれています。

前回、「統合失調症 忘備録④」で次男が「統合失調症」になったと考えられる原因のもとを考えてみました。

遺伝という病気になりやすい「もろさ」と耐え難い「環境」が重なり統合失調症になったと推測されます。

今回は、改善の余地があったかもしれない「環境」について考えてみたいと思います。

不登校になる前の話です。

当時、小学校3年生頃から二人の児童により授業が騒がしかったようです。

小学校4年生に入ると、数名の親から

「子供が授業がうるさくてできない」と言っている。

そういった声が多く聞こえ始め、騒ぎが広がりました。

その当時、私はPTAの本部役員をしていました。

ある同学年の子供がいるPTA役員から話がでました。

「問題にのある児童がいて授業ができないそうですが、学校側は対策はないのか?」

しかし学校側は消極的でした。その時は事実を話そうとはしませんでした。

やがて、学級懇談会でも話し合いになり、実際の授業風景をPTA役員の私ともう一人で見る事になりました。

以前、授業参観したときの記事を書きましたが

二人のお子さんは、授業中ウロウロするのは日常で、先生に関係ない事を話しかけたり、寝転がったり、水槽で遊んだり、騒いだりと・・それに何人かつられて他のお子さんも騒いだりとすごい状態でした。

一緒に参観した保護者の方は

「まるで動物園だ」

と言っていました。

私は長男が発達障害なので、自分なりに勉強していました。

「おそらく、ADHDなんだろうな」

ADHDとは注意欠陥多動性障害の事です。

障がいのの一つで本人が悪いとか、保護者の育て方が悪いとかではありません。

おそらく学校側も発達障がいの事実をあまり広げたくなかった配慮だったのかもしれません。

それともう一つ学校が配慮した理由が、二人の子供のうち一人の母親はかなりのモンスターペアレントだったからです。

子供に何かあると先生を罵倒したり、校長先生に苦情をいったりと学校のせいにしていました。校長先生もかなり疲弊していたようです。

きっとその母親も子供が発達障害という事を受け入れられなかったかもしれません。

学校側もデリケートな問題なようで、そのお子さんを一緒に授業をうけさせないことができないようです。

学校が表立って何も対策をしないまま、長い夏休みが始まりました。

「学級崩壊」問題については一旦、先送りです。

夏休みが終わるとすぐ「運動会」があります。

この運動会で次男とADHDと思われる児童との問題がおき、次男が崩れてしまうことになるのでした。

(次につづきます)