統合失調症忘備録㉒「不登校の始まり」

不登校・ひきこもりは充電期間です。

私はイジメの真意を知りたかったので、電話で担任に事の成り行きを話し、改めて学校へ向かいました。

暴行を受けた事実はありましたが、次男も最近は上級生や同級生とトラブルがよくありました。

次男も悪い部分があったのかもしれません。

 学校の校長室で校長・教頭と担任とでの話し合いをしました。

私はPTAの本部役員を2年しており、学校の行事などで直接校長、教頭と良く話しをよくしていました。

普通は親と担任のラインのみだと思いますが、この点はPTA役員をやっていてよかったのかもしれません。そのかわり次男について苦言も良く言われましたが・・

担任は事前に暴行をした4名から話しを聞いていてくれました。

主犯格の子供は、次男がぶつかってきたと言い、蹴った。そのうち面白くなった。

そのほかの子供は、以前に文句を言われた事への仕返し、生意気だったからなど。

特にこれはという原因はないようだった。

次男は個別授業をしていたり、トラブルなど先生にも目をつけられていましたので、良くも悪くも目立った存在だったかもしれません。

担任はそれぞれの児童の親へ連絡をするとの事だった。

 今までは次男がトラブルを起こすと学校から連絡があり、私はお詫びをしたり迷惑をかけた家庭に伺ったりしていました。

しかしイジメが起きてしまった以上、親のお詫びとかはどうでも良いことで、これから次男の心のケアをどうしていくのか?

 学校については親は何もできないので、とにかく学校に再発しないよう、目をかけていただくようお願いをしました。

担任の先生は夕方、直接次男に会いたいと言い、家を訪問しました。

担任の先生はやさしく

「安心して学校で勉強できる事を約束するから、大丈夫」

そして、打撲のあとを見せ明日は学校にくる約束をしました。

 よく朝になると「今日も休ませてほしい。」

イジメのトラウマがあるのでやむえない部分もあります。

あまり学校のの事は言わないようにしていました。

イジメた子達は近所の上級生なので、家にいることもトラウマやフラッシュバックにつながると思い、私は30分ほど離れた実家に気分転換に連れて行きました。

そうして1週間学校t校を休みました。

決まって学校に行く前日は「明日は学校に行く」と言いますが、朝になると休ませてほしいの繰り返しです。

担任の先生も夕方なるとに毎日家に訪問にきてくれました。

週末になると「来週は学校に行く」と担任と約束をしました。

しかし、翌週の月曜日の朝になると「学校を休ませてほしい」

家では、漫画を見たり、ゲームをしたて過ごしています。

私は夜、気分転換のドライブに誘いました。

学校に行き一週しました。

職員室は電気がついていますが、児童はもちろん誰もいません。

「中に入ってみるか?」と言い駐車場に車をとました。

駐車場に車をとめるものの、なかなか学校には入れず1時間程度駐車場で話しをしました。

誰もいなのですが、人の目を気にして入れません。

こうして3年弱の不登校生活が始まりました。

投稿者: ひろば

次男が統合失調症になってから大変な5年が過ぎました。絶望した事もありましが家族も落ち着いてちょっと余裕もできました。旅行会社に勤める旅すきな父。

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